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ワインレブアミド/Weinreb Amide

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⏱ 30秒サマリー

  • 何をする反応か —カルボン酸誘導体を N-メトキシ-N-メチルアミド(Weinrebアミド)に変換しておき、Grignard試薬・有機リチウム剤・金属ヒドリドを作用させる。付加が一段階で止まるため、狙ったケトン/アルデヒドがそのまま得られる。
  • 何ができるか — 非対称ケトン、アルデヒド、α-ハロ/α-オキシ/α-シアノケトン、アシルシラン。基質側の立体情報も保持される。Weinrebアミド自体はシリカゲル精製・長期保存に耐える安定な単離可能中間体。
  • いつ使うか — エステルや酸ハライドに有機金属を加えると三級アルコールまで走ってしまう場面。「1当量だけ入れる」で制御しようとして失敗した経験があるなら、そこがWeinrebアミドの出番。

概要

N-メトキシ-N-メチルアミド R–C(=O)N(CH₃)OCH₃ は、報告者にちなんでワインレブアミド (Weinreb amide)と呼ばれる。Grignard試薬有機リチウム剤と反応してケトンを与える[2]

エステルや酸ハライドに同じ試薬を作用させると、いったん生じたケトンが原料より求電子的なため反応剤がもう1当量付加し、三級アルコールまで進んでしまう。当量を厳密に制御しても、ケトンで止めることは一般に難しい。Weinrebアミドを経由すれば、付加体が四面体中間体のまま反応系中で留まるので、この過剰付加が原理的に抑えられる。ケトンが遊離するのは後処理の加水分解時である。

水素化リチウムアルミニウムRed-AlDIBALなどのヒドリド還元剤を用いれば、同じ論理でアルデヒドが得られる。すなわちWeinrebアミドは「ケトン等価体」と「アルデヒド等価体」を兼ねる。

歴史的には、Basha・Lipton・Weinreb が1977年に報告した AlMe₃ 媒介のエステル→アミド変換[1]が土台にある。1981年に Nahm と Weinreb が、この方法で調製した N-メトキシ-N-メチルアミドが有効なアシル化剤として働くことを示し[2]、以後、複雑分子合成における定番の炭素–炭素結合形成法として定着した。

モルホリンアミドN-アシルピロールN-アシルベンゾトリアゾールN-アシルアゼチジンなども同様の目的に使える。それぞれ得手不得手があり、後述の比較表を参照されたい。

反応機構

古典的な描像:5員環キレート

有機金属剤が付加して生じた四面体中間体が、メトキシ基の酸素と新生アルコキシドの酸素が金属を挟む5員環キレートによって安定化される。このためアミンの脱離(=ケトンの生成)が妨げられ、2分子目は付加できない。後処理の酸加水分解で初めてケトンが遊離する[2]

この機構は Nahm–Weinreb の提案であり、直感的に受け入れられて教科書に載ったものの、分光学的・速度論的な検証は2006年の Collum らの仕事まで待たれた[15]。そして、単純な「単量体キレート」よりかなり込み入った実像が明らかになっている。

  • 凝集体としての中間体と自己阻害 — リチウムフェニルアセチリドの付加では、二量体のアセチリドが単溶媒和モノマーを経由する遷移状態で反応する。生じた四面体中間体は堅牢で、過剰のアセチリドと 2:2 混合四量体を、続いてアルコキシドに富む 1:3 混合四量体を形成する。この混合凝集体の安定性が、反応が自らの生成物で遅くなる(自己阻害)という現象として現れる[15]
  • アミドはエステルより速い — 高速注入NMR(RINMR)と競争実験によれば、アルキルリチウムに対する反応性はアミド > エステル ≳ ケトンの順で、直感に反する。またアミド由来の四面体中間体はエステル由来のものよりはるかに安定である[20]。Weinrebアミドの「選択性」は反応が遅いからではなく、中間体が壊れないから成立している
  • 中間体そのものの単離 — 2017年、ハロリチウムカルベノイド(LiCH₂X、LiCHXY)を付加させた四面体中間体が、市販の N-トリメチルシリルイミダゾールで捕捉され、O-TMS ヘミアミナールとして同定・単離された。中性アルミナでのカラム精製も可能[23]N-アシルピロールでも同じ手法が通用する。
  • 対照実験 — 同一条件で対応するエステルを用いると、四面体中間体が不安定なため過剰付加してカルビノールを与える。Weinrebアミドとの差が中間体の寿命に帰着することを示す直接比較である[19]
エノラート化と脱メトキシ化

Weinrebアミドはα位を LDA で脱プロトン化してエノラート(Weinrebエノラート)としても使える。THF中では主に四量体として存在し、5員環キレートが構造を規定している。ただしこの系では脱メトキシ化して N-メチルカルボキサミドを与える副反応が起こることがある[22]

特徴・適用範囲・類似反応との比較

強み

Weinrebアミドは酸クロリドや無水物と違い、単離・精製・保存できる安定な中間体である。シリカゲルクロマトグラフィーを通せるので、多段階合成の途中に置いても扱いやすい。官能基許容性も広く、α-ハロゲン、N-保護アミノ酸、α,β-不飽和結合、シリルエーテル、ラクタム・ラクトン、スルホナート、スルフィナート、ホスホナートエステルなどが共存できる[33][32]。求核剤側もアルキル・ビニル・アリール・アルキニルのリチウム/マグネシウム種が広く使える。

α位にヘテロ原子を持つカルバニオン(ハロメチル、シアノメチル、アルコキシメチル、チオメチル、セレノメチル、ホスホナートなど)との組み合わせが特に強力で、α-官能基化ケトンへの一般的な入口になっている[36]

変換 求核剤 生成物 出典
ハロメチル化 LiCH₂X(−78 °C, Barbier条件) α-ハロケトン、α,β-不飽和 α’-ハロケトン [19]
ジハロメチル化 LiCHXY α,α-ジハロケトン [36]
α-オキシ化 α-アルコキシメチルリチウム α-オキシケトン [36]
Wittig型 アルキリデンホスホラン → 加水分解 ケトン・アルデヒド(有機金属を使わない) [13]
ビアリールケトン化 ArMgX(i-PrMgCl·LiCl でMg/ハロゲン交換) ビアリールケトン、遷移金属フリー、40例超 [25]
エステル化 NaOR(TMSCF₃ 触媒) エステル(アシル化剤としての別用途) [29]
弱み・適用制限
  • 強塩基性・立体的に嵩高い求核剤 — カルボニル付加ではなくメトキシドが脱離してホルムアルデヒドが遊離する別経路が競合する。1990年に指摘された、Weinrebアミド特有の副反応である[3]
  • 自己阻害 — 過剰の有機リチウムが四面体中間体と混合凝集体を作り反応が失速しうる[15]
  • α位に酸性プロトン — エノラート化に求核剤が消費される。同じ理由で、カルバメート NH(Boc、Cbz等)を持つ基質では最低でも1当量が空費される[10][30]
  • 後処理での分解 — 中間体は低温でこそ安定である。通常の水系後処理で副反応が起こる系もあり、α,β-ジクロロ体では非水系 HCl による急冷が必要と報告されている[26]
  • コスト — 原料の N,O-ジメチルヒドロキシルアミン塩酸塩は決して安価ではない。2025年6月時点の Sigma-Aldrich 価格でおよそ 35,400円/100 g、対してモルホリンは 6,300円/100 mL である[38]。大量スケールでは無視できない差になる。
類似アシル化剤との使い分け
手法 位置づけ・使いどころ 出典
Weinrebアミド 標準。安定・汎用・実績が最も厚い。α-官能基化カルバニオンとの相性が抜群 [2][36]
モルホリンアミド 安価・水溶性が高く後処理が楽・操作安定性に優れる。Weinrebでは行えない変換もあり、相補的と位置づけるのが正確。アシルシラン合成に有利 [38]
N-アシルピロール 四面体中間体が著しく安定。O-TMSヘミナールとして単離可能 [23]
N-アシルアゼチジン bench-stable。アミド結合のピラミッド化と4員環ひずみで反応性を制御。Weinrebアミドより反応性が高いため、反応性不足の場面での代替候補 [21]
N-アシルベンゾトリアゾール カルボン酸から温和に調製でき、光学活性酸でもラセミ化しない [33]
カルボン酸から直接 turbo-Hauser塩基 i-Pr₂NMgCl·LiCl を添加すると、Grignard試薬をカルボキシラートに直接付加させられる。Weinrebアミドを作る工程自体を省ける。CO₂ からのモジュラー合成や同位体標識に有効 [24]
光レドックス/Ni クロス電解カップリング カルボン酸とハロゲン化物から直接ケトン。有機金属も活性化中間体も不要で、Weinrebケトン合成を「補完する」と原著自身が位置づけている
福山カップリング チオエステル+有機亜鉛/Pd。塩基性・求核性の低い条件が必要なとき
配向基としてのWeinrebアミド

近年の遷移金属触媒 C–H 官能基化反応が発展するに伴い、配向基(directing group)として用いられるようになった。弱配位性のカルボニルが金属を配位し、ortho 位(あるいは β-C(sp³)–H)を活性化する。Ru触媒 C–H 酸素化、Rh触媒 C–H オレフィン化、Co触媒 C–H アリル化、Ir触媒 C–H ヨウ素化(メカノケミカル条件を含む)などが報告されており、C–H 官能基化の後にそのままケトン/アルデヒドへ変換できる点が単なるアミド指向基との違いになる。この領域は Kalepu と Pilarski の総説[35]にまとまっている。

反応例

Scabronine G の合成[42]

神経栄養因子産生誘導活性を持つシアタン型ジテルペン (−)-scabronine G の全合成において、Weinrebアミドを用いたアシル化がフラグメント連結に使われている。

Batrachotoxinin A の合成[39]

岸らによる batrachotoxinin A の合成では、Weinrebアミドではなくモルホリンアミドが同じ目的(過剰付加の抑制)で用いられている。

その他、(+)-Macrosphelides A, B[40]、(−)-Spirofungin A / (+)-Spirofungin B[41]、Amphidinolide J[43]などに、Weinrebアミドを介したフラグメント連結が用いられている。

α-アミノアリールケトンのワンポット合成[12]

Weinrebアミドの安定性を活かし、Mg/ハロゲン交換で発生させたアリールマグネシウム種をその場で付加させる。主鎖アミドのキラリティーを保持したまま α-アミノアリールケトンを与えるプロセス指向の手法で、医薬品中間体の製造で使われている。

フロー合成への展開
  • アルキルナトリウム試薬 × Weinrebアミド:フロー系内で可溶性のアルキルナトリウムを発生させ、各種Weinrebアミドと反応させてアルキルアリールケトンを得る。ベンジル位や ortho 位の化学選択的・位置選択的 C–H 脱プロトン化を制御することで、より複雑なケトンにも到達している[31]
  • N-保護アミノケトンの連続フロー合成:後述の事前脱プロトン化を組み込むことで、滞留時間 128 秒、求核剤はほぼ化学量論量、収率最大96%。3種の保護基・35基質で検証され、7.9 g/h のスループットが示されている[30]

実験手順

Weinrebアミドの還元によるアルデヒド合成[44]

温度計、スターラーバー、滴下漏斗、空冷管を備えた5L四つ口丸底フラスコに、アルゴン雰囲気下 LiAlH₄ (0.44 mol) および無水ジエチルエーテル (1.5 L) を加える。室温で1時間撹拌後、−45 ℃に冷却する。Boc-ロイシンWeinrebアミド(約100 g, 約0.4 mol)の無水ジエチルエーテル溶液 (300 mL) を、反応温度を −35 ℃付近に保ちつつ滴下する。その後冷却槽を除去し、撹拌しつつ温度を 5 ℃まで上昇させる。再び −35 ℃まで冷却し、KHSO₄ (96.4 g, 0.71 mol) 水溶液 (265 mL) を温度が 0 ℃以上にならないよう注意しつつ滴下する。冷却槽を除去し、1時間撹拌する。溶液をセライト濾過し、残渣をエーテル (500 mL) で洗浄する。合わせて得られた有機層を、1N 塩酸(5 ℃に冷却、350 mL × 3)、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(350 mL × 2)、飽和食塩水 (350 mL) で洗浄し、無水硫酸マグネシウムで乾燥する。溶媒除去後、Boc-L-leucinal を油状物質として得る(69–70 g, 収率 87–88%)。生成物はフリーザー (−17 ℃) にて保存する。

※アミノアルデヒドは室温保存でラセミ化しうるため、低温保存が必須である[44]

Weinrebアミドの主な調製法
出発物 条件 備考 出典
エステル・ラクトン AlMe₃ + HN(OMe)Me·HCl 原法。AlMe₃ の取扱いに注意 [1]
エステル・ラクトン Me₂AlCl + HN(OMe)Me·HCl AlMe₃ より扱いやすい改良版 [7]
エステル i-PrMgCl でアミンを事前活性化 非求核性Grignardによる活性化 [6]
酸クロリド HN(OMe)Me·HCl / 塩基(0 ℃ 付近) 最も直截。感応性基質には不向き [2]
カルボン酸 CDI/各種ペプチド縮合剤 温和。光学純度を保てる [8][17]
カルボン酸 DMAP–BrCCl₃、LED 370 nm または太陽光 縮合剤・事前活性化が不要な光化学的手法。モルホリンアミドにも適用可 [28]
アリールハライド Pd触媒アミノカルボニル化(CO 常圧) ArBr から直接Weinrebアミドへ [14]
変法:カルバメート含有基質での事前脱プロトン化[10][30]

α-Boc-アミノWeinrebアミドのように酸性 N–H を持つ基質では、求核剤の1当量以上がまず脱プロトン化に消費される。原著のプロトコルでは、目的の有機金属剤を加える前に安価なアルキルGrignard塩基(例:i-PrMgCl)で NH をあらかじめ脱プロトン化しておくことで、高価な求核剤の使用量を化学量論量近くまで削減できる[10]。この考え方を連続フローに載せたのが上述の 128 秒プロトコルである[30]

実験のコツ・テクニック

設計段階
  • 本当にWeinrebアミドが要るか、先に一度考える — アミド化→付加を省けるなら、その方が短工程となる。turbo-Hauser塩基を使えばカルボン酸に直接Grignardを付加できる[24]。光レドックス/Ni 系ならカルボン酸とハロゲン化物からケトンに一足飛びに行ける。
  • コストで選ぶならモルホリンアミド — 原料価格差は10倍近い[38]。水溶性が高く、後処理でアミン成分が水層に落ちるという実務上の利点もある。
  • 反応性が足りないときは N-アシルアゼチジン — Weinrebアミドより求電子的である[21]
反応の実施
  • 温度と急冷 — 四面体中間体は低温でこそ安定である。反応も後処理も低温で行い、急冷まで温度を上げないこと。基質によっては水系ではなく非水系 HCl での急冷が必要になる[26]
  • 過剰当量は万能ではない — 有機リチウムの過剰は混合凝集体を作って反応を遅くしうる[15]。進行が悪いときの第一手は「もっと入れる」ではなく、温度・溶媒・添加順序の見直しである。
  • 酸性プロトンは先に潰す — カルバメート NH、フェノール OH、末端アルキン CH などがあるなら、まず安価な塩基で脱プロトン化してから本命の求核剤を入れる[10]
  • Barbier条件が必要な場合がある — ハロメチルリチウムのような熱的に不安定なカルベノイドを使うときは、カルベノイドを発生させる前に求電子剤を系中に共存させておく[19]
  • 嵩高い/強塩基性の求核剤は要注意 — ホルムアルデヒド遊離を伴うメトキシド脱離経路が競合する[3]。TLCで原料が消えているのに目的物が出ない場合、この経路を疑う。

参考文献

【原著・方法論】
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  2. Nahm, S.; Weinreb, S. M. Tetrahedron Lett. 1981, 22, 3815–3818. DOI: 10.1016/S0040-4039(01)91316-4原著N-メトキシ-N-メチルアミドが有効なアシル化剤であることの発見)
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  1. Kurosu, M.; Marcin, L. R.; Grinsteiner, T. J.; Kishi, Y. J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 6627–6628. DOI: 10.1021/ja981258g(Batrachotoxinin A。モルホリンアミドの利用)
  2. Paek, S.-M.; Seo, S.-Y.; Kim, S.-H.; Jung, J.-W.; Lee, Y.-S.; Jung, J.-K.; Suh, Y.-G. Org. Lett. 2005, 7, 3159–3162. DOI: 10.1021/ol0508429((+)-Macrosphelides A, B)
  3. Shimizu, T.; Satoh, T.; Murakoshi, K.; Sodeoka, M. Org. Lett. 2005, 7, 5573–5576. DOI: 10.1021/ol052039k(Spirofungin A, B)
  4. Waters, S. P.; Tian, Y.; Li, Y.-M.; Danishefsky, S. J. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 13514–13515. DOI: 10.1021/ja055220x((−)-Scabronine G)
  5. Barbazanges, M.; Meyer, C.; Cossy, J. Org. Lett. 2008, 10, 4489–4492. DOI: 10.1021/ol801708x(Amphidinolide J)
【実験手順の出典】
  1. Goel, O. P.; Krolls, U.; Stier, M.; Kesten, S. Org. Synth. 1988, 67, 69–75. (website)

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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